常識 #とは

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久々にブログでも書こうと思う。

研究やらなんやらで地味に時間が忙殺されてて悲しいものがあるが、一応掛ける時間を捻出できるくらいにはゆるいのかもしれない。

 

 最近色々思ってたことが多々あったのだが、その中の一つをいい感じに言語化しているTweetを今朝(と言っても昼くらいに起きたので昼だが)見つけて腹落ちしたついでに書きたい。

これ。

 

 本題に行く前にうちの家の家族構成を書きたい。

父:数学教師

母:国語教師

姉:文系(法学

俺:理系(理学

という感じである。

 

 

 昔から言われていて(今でも言われていて)イライラする事がある。

ワタシは(どうも主語が定まらないがいい感じに気分で使い分ける)日本地図があまりわからない。

興味が無いからである。

世界地図は分かる。

興味があるからである。

なんだったら大学で九州に来るまで福岡以外の県の場所など一切わからなかった。

(今でも福岡と熊本以外の場所はよくわからない。)

 

長らく貯めたが、ワタシがイライラする言葉は、

こんなの常識だから

である。

 

地図がわからない、漢字が読めない、などなど。

"あら"を探せばいくらでも出てくるだろう。

 

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こう言えたらどれほど楽だったであろうか。

それを言えるほどの度胸など持っていなかった。(今もそうであろう。

 

note.mu

 

まあその当時の親が深い意味を持って言っていたわけではなく、本当にその人の"常識"としてそれを語っていたのだろう。

 

ああ、なんでおれはそんな常識さえもわからないんだろう、なんてバカなんだ

とさえ思っていた。

 

だが今になって、これもつい最近だが、思うことがある。

 

私は理系の大学に進んでいる。生物科である。

私達の学科では、生物はDNAと言うものを持っていること、植物の成長にはジベレリン、アブシシン酸などのホルモンが関わっていること…などなど、これらは"常識"である。

 

だが、これを他の、例えば音楽家の人は知っているだろうか(別にバカにしているのではなく一般的な例として。

 

多分知らないであろう、そして私は音楽の知識がないに等しい。

 

常識なんて測れないものなのに、自分の中の価値観の一片である"常識"を人になぜ押し付けられるのであろうか。

多分それは間違っている、と考えている。

 

前述したTweetがそれをより端的に述べてくれているのではないか。

 

"常識"とは、"概念"である。

それはすべて、経験、環境などなどすべてが外部要因から成り立っている。

であれば、全く同じ環境でなければ(全く同じ環境でも受け取り方は人それぞれである)、"常識"の共有など不可能であろう。

 

また、"常識"は変化しうる。

よくある話だが、昨日の敵は今日の友、とか言う言葉もある。(20年以上生きてきたらそんなことは明らかでありその逆も然り、だと私は感じている。

 

上記の話は広義での"常識"であるが、一般的な"常識"にも同様なことは起こりうる。

ティラノサウルスが鳥類だった可能性が高い、など、その最たるものであろう。

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

だからこそ、自分の中での"常識"も常に変化させていくしかないのかもしれない、そんなことを思いつつ、とくに中身のないブログを書いたのだった。

 

 

ということで、キュウソネコカミのハッピーポンコツを聞きながらお別れしましょう。

…多分明日も書く、色々溜まってるから。

では。

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