読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パラダイムシフトってなんか寂しいものなのかもと思った話

ふとこんなことを深夜に思ったのでそれを考察してみようかなーと思ったので書く。

今回思ったことは、コミュニケーションの形式が変わるたびに人と疎遠になるのが悲しーなーというのが主。

時代の変遷によって、”コミュニケーション”の形式にも変化があってきた。

昔は群落などでのみのコミュニケーション、次に電話でのコミュニケーション、ケータイ、スマートフォン

そのたびに多くのパラダイムシフトが起きている、少なくとも自分の近くでは。

小学生のときは電話、それこそよく行く友だちんちの電話番号は覚えてたり

中学生になったら携帯(もってなかったけど)、持ってる人の中でのコミュニティに発展(収縮)

高校生になったらスマホ、ああ、この時はまだLINEなかったのか、てことはメールだったんだ。 FacebookTwitterはココらへんからあってた。 mixiも流行ってたか。

大学に入りLINEが流行った。 ここらへんから電話帳的は使わなくなって、今となってはアプリの中に全然連絡先入ってへん…

その都度プラットフォームが変わったり、ガジェットの方が変わったり多々の変化があってる。

今、FacebookTwitterもLINEも広く広まり、パラダイムシフトも終焉を迎え、新たなパラダイムシフトが起きようとしている。 NoUIなど、新しい概念はすでに出来てきている。

そういう時代の変化を自分で起こしたいというのが本音では有るのだが、ここではそれが本当の趣旨ではない

それによって希薄化している概念が単純に嫌だ

なんというか、つながっている人、それがフォローアンフォローなどの一概的なことでもいい、LINE、フェイスブック等での友達というある種の概念でもいい。 そこでつながっている以上、そこにより深い関係性を持って人に接していきたいと思った。

そんな日。